それぞれの家族への挨拶が済み、しばらくしてから
兄の提案もあり同棲を開始しました。
私はそれまで住んでいた会社近くのマンションを引き払い、
旦那さんのいる、今住んでいる市へ引っ越しました。
コロナ渦で在宅勤務の日もありましたが、
それでも週3~4は片道1時間以上かけて通勤し、
仕事が終われば寄り道せず帰り、着替えてお店の手伝いをし、
夜ご飯は日付が変わる頃、だいたいコンビニのお弁当でした。
そして6時に起床し7時台に家を出て会社へ向かう日々。
これまでの生活とは全く違うものでした。
ちなみにこれまでは、会社まで自宅マンションから歩いて15分。
夕方仕事が終わり、スーパーで食材を買いゆったり夜ご飯を作ったり、
本屋さんで立ち読みしたり、週一で習い事(バイオリン教室)に行ったり。
時には同僚と飲み歩いたり美味しいものを食べに行ったり。
会社では基本的に電話中心の仕事でしたが、
損保の事故処理の仕事ってストレスすごいんです。
電話の相手は、事故を起こした人、被害者、代理店などなど。
事故って当事者にとっては非日常の緊急事態なので、みんな平常時とは違います。
そんな人たちを相手に喋りっぱなし、時には誰からも言われたことがないような言葉を浴びせられたりもします。
ただ、仕事が終われば、
疲れ切ったら帰ってひたすら寝ればいい。
腹の立つことがあったら同僚つかまえてビール2、3杯飲んで愚痴ってから帰ればいい。
首肩凝ったらマッサージに寄って癒されればいい。
仕事で100パーセント気力を奪われても、そうやってリセットしながら週末を待てばいい。
そんな生活が一変。
定時になり、ほっと一息つく暇もなく帰宅。
今思えば帰りの電車はありがたかった。
ボーっとできて気持ちを切り替えられる唯一の時間。
周りは知らない人。気を遣わなくても、口角を上げていなくてもよい。
とは言いつつ、お店の予約状況を見て段取りのイメージ、常連さんの情報の確認など、私の中でお店の仕事の準備は始まっていました。
お店は当時住んでいたマンションの1階にあったので、
部屋で着替えて1階に降りたら女将の見習いスタートです。
お店では常に笑顔で接客します。
最初は何も分からないので、出来ることと言えば笑顔で接客することくらい。
お客様は、私が1時間少し前まで電話で被害者に怒鳴られていた会社員であることは全く想像しなかったでしょう。
お店では旦那さんは「大将」です。
会社で働いた経験のない旦那さんは、私がここに来るまでどのような一日を過ごしたか想像もできません。
OLって、涼しいところで一日座ってて、たまに電話に出て、お茶出してコピー取って定時を待ってるんでしょ、くらいに思っていたかも知れません。
普段は温厚な旦那さんですが、お店が忙しくなるとそれなりに頑固おやじになります。
よく言えば職人気質、悪く言えば融通が利かない。
語気が強くなったり、当たりが強くなることもありました。
結婚前のお試し期間ということもあり、多少気は遣っていたかと思いますが、やはり仕事場では真剣なゆえに本性も出ます。
ちなみに私は、飲食店の経験は学生の頃の喫茶店のバイトくらいです。
いわゆるド素人です。
ずっと飲食の世界にいる旦那さんから見れば、こんなことも知らないのかというレベル。
騒がしい店内で言葉が聞き取れず聞き返せば、イライラ強い口調で返される。
何をするにも遅く、要領も悪い。
一番仕事ができないのに、お客様からは「女将さん」と呼ばれる。情けない。
(生活も環境も急変した中で、会社の仕事を終えてからお店を手伝ってるのに、しかもタダ働きでどうしてこんな言われ方をしないといけないの?最初からできないのは当たり前だよね。あんた、私の会社での仕事やってみ?できるの?私、週休0で睡眠時間一日4時間あるかないかの生活を送ってんだよ?なんで労わってくれないの?)
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心でこんな風に呟きながらムスッとしていればまた怒られる。
それでも女将の仕事は楽しかったです。
お客様は本当に良い方ばかりで、会話も楽しかった。
お客様の職種も様々ですが、会社員や中には保険の代理店さんもいて、私が昼間は損保の仕事をしていると言えば「えー!大変でしょ?で、夜は女将さんしてんの?無理しないでね。」と優しい言葉をかけてくれました。
その頃私を支えていたものは、仕事を離れれば優しい旦那さんと、
反対した家族への「自分はできるんだ」という見返す気持ちだけでした。
弱音を吐けば、それみたことか、やっぱり無理だったじゃん、と言われる。
今思えば、もしあの時家族にすんなり「いいじゃん、やってみなよ、応援するから」と言われていたら、乗り切れなかったかもしれません。
大変さより、あんなに反対されてまで選んだ道だから、という反骨精神がわずかに上回った結果が、今に繋がっています。
そんな生活がしばらく続き、半年ほど経った頃、転機となる出来事が起こります。
それはとても辛いことでした。